(2)「利率3%」は果たして許容範囲内の水準か
「9割近い確率で勝てる!」などと聞くと、血圧が上がってしまいそうですが、これはあくまでも勝率だけの話です。
仕組み債に対する批判としては「投資家が受けるリターンと負うリスクが著しくアンバランスで、投資家が不利なようになっている」というものもあります。この件はどうなのでしょうか。先に紹介した「期間1年・ノックイン水準65%・利率3%」のドイツ銀行ロンドン支店発行の日経リンク債を例に考えてみましょう。
『<日本一やさしい>高利回り債券の見つけ方』でも紹介している通り、仕組み債の構造の根幹となっているのは、プットオプションの売買です。仕組み債を購入する投資家は、プットオプションの売り手の立場で、プットオプションの買い手(それが誰かは投資家からは見えない)が権利を行使したときにそれに応じる義務を負います。
「期間1年・ノックイン水準65%」の日経リンク債でいえば、プットオプションの買い手は「日経平均株価が当初価格の65%以下になったとき、日経平均株価(に連動する資産)を当初価格で買い取ってもらえる権利」を買っています。つまり、これは「『当初価格』を権利行使価格として、その権利は日経平均株価が当初価格の65%以下になったら(=株価が当初価格よりも35%下がったら)行使できる」という条件付きのプットオプションです。言い換えれば、このオプションの買い手は、「日経平均株価が当初より35%下がってノックイン水準にタッチしたら35%分の利益を確定できる権利」を持っていることでもあります。
この権利の購入代金として、プットオプションの買い手は予め決められたオプション料をプットオプションの売り手に支払います。これが、仕組み債を買った投資家に支払われる利率の主たる源泉です。
それから、あまり大きくはありませんが、発行体が通常の社債を出す場合に支払う金利分も仕組み債の利率に上乗せされる要因になります。(厳密に言えば、調達した資金を日々運用して得られる、いわゆるリスクフリー金利も上乗せ要因になりますが、現状は非常に低い水準です)
つまり、「オプションの買い手が払うオプション料+発行体が支払う社債の金利分」が仕組み債の利率の源泉になっているわけですが、ここから仕組み債が投資家の手に渡るまでの間にかかるコストが差し引かれ 、残った分が仕組み債に表示される利率、つまり、仕組み債を買った投資家のリターンになります。
コストとしては、たとえば、プットオプションを組み込んで日経リンク債に組成する際にかかるコストがあります。さらに、仕組み債を投資家に販売する証券会社には販売手数料が支払われます。
原理原則的には、発行体は市場実勢に基づく社債の金利を払い、オプションの買い手は理論的な価格体系に基づいたオプション料を払っているはずで、それをそのまま仕組み債を買った投資家が受け取るならば、「投資家が著しく不利」になることはありません。通常のオプション取引では、買い手と売り手はゼロサムの関係ですが、発行体が支払う金利分が上乗せ要因となる仕組み債は、むしろ、売り手のほうが買い手よりもやや有利になるとも考えられます。
しかし、中間で抜かれるコストが嵩めば、それだけ仕組み債の投資家がもらえる分が減ってしまいます。となると、「負うリスクに対して得られるリターンが少なすぎる」となる可能性もあります。
一体、仕組み債の “本来的”な利率はどのくらいなのでしょうか。その中からどのくらいのコストが抜かれているのでしょうか。
この日経リンク債の発行体であるドイツ銀行ロンドン支店のS&P社の格付けはダブルAマイナスです。LIBORのレートからすると、期間1年の通常の円建て社債の利率は0.4%程度ではないかと推測されます。
一方、プットオプションの買い手が支払うオプション料はどのくらいでしょうか。早期償還条項(ノックアウト条項)が付いているノックイン型オプションの場合、株価がどういう推移を辿るかで償還時期が異なり、それによってオプションの買い手の期待リターンも変わってくるため、その理論的な価格の計算はかなり複雑そうです。また、オプション価格の計算する際にはボラティリティーを考慮しますが、どの時期のどのくらいの期間のボラティリティーを用いるかによっても価格は違ってきます。
そこで、オプションの理論的な価格計算はさておき、1990年以降の日経平均株価のデータで各種償還パターンの出現回数をカウントし、そこから実質的な償還までの期間の期待値(平均)と、オプション買い手のリターンの期待値を求めて、 それをもとにオプションの買い手が払ってしかるべきオプション料(%)を出してみます。
具体的には、期間1年を利払い時期となる3ヶ月ごとの4期に分け、まず最初の3ヶ月について、
@ 期間内の最安値がノックイン水準(当初価格の65%以下)=権利行使によりオプション買い手の利益(35%)が確定
A 期間内にノックインせずに期末(当初から3ヶ月目に相当する63営業日目)の株価が当初価格の105%以上=オプション買い手は権利放棄で契約終了
B 期間内の最安値はノックイン水準以上、かつ、63営業日目の株価は当初価格の105%以下=次の3ヶ月に持ち越し
の日数をカウントし、Bのパターンは次の3ヶ月に持ち越して同様に調べていく、というやり方です。
(ちなみに、期間内の最安値がノックイン水準以下で、かつ、期末の株価が当初価格の105%以上になっていたパターンはゼロでした。)
この結果をまとめると次のようになります。
検証日数5078営業日のうち、「ノックインして元本割れ償還」は617日。率にして12.15%と、(1)で見た「早期償還条項が付かない」と想定したケースよりも確かに低くなっています。
ということは、88%の確率で「高い利息をもらって、元本100%償還」が期待できることになりますが、ただし、年利率分を全ての利息がもらえるとは限りません。3ヶ月ごとの判定日の株価が当初価格の105%以上の場合にはそこで早期償還し、それ以後の利息はもらえなくなるからです。
早期償還条項にヒットした回数は2744回。全体の54.04%で、そのうちの30%は「最初の利払い日をもって償還」という結果です。 (ただし、この2744回のうち、4期目の249回分は「満期償還時の株価が当初価格の105%以上だった」という意味で、この場合は、早期償還ではなく、元本100%で満期償還したことになります)
実質的な償還までの期間は、「1期=3ヶ月」として2.765期。8.3ヶ月に相当しますから、2回目か3回目の利子をもらったら早期償還してお終い、というのが平均的なパターンと考えられます。
先述したように、オプションの買い手側は、ノックインして権利行使したときに35%の利益が得られます。ノックインの確率は12.15%ですから、オプションの買い手の期待リターンは「35%×12.15%」で4.25%。つまり、オプション料として4.25%は払ってしかるべき、となりますが、先ほど見た通り、実質的な償還までの期間は2.765期(8.3ヶ月)です。スタート時点でオプション料の全額を支払うならば4.25%でいいのですが、「期間1年」という契約でオプション料を3ヶ月ごと4回に分けて支払う、ということであれば、この4.25%を年率換算する必要があります。そうすると、「4.25%×(4期/2.765期)」で6.15%になります。
オプションの売り手からすれば「期間8.3ヶ月(2.765期)で償還すると予想される中で、4.25%という買い手の期待リターンに応じる」ということですから、オプション料として年率換算で6.15%もらってしかるべき、という話です。
さらに、社債としての金利分を加えれば、この仕組み債のもともとの年利率は6.5%程度あってもおかしくありません。ここから諸々のコストが抜かれるとしても、「年利率3%」はどうなんでしょうか。超絶ぼったくり、とまでは言いませんが、「抜かれすぎ」という気がしないでもありません。
次は、(3)「ノックインして償還」の損失額はどれほどか、です。