早いもので、2016年も最終四半期です。振り返ってみれば、この申年はスタートから惨憺たる状況で、大発会から約1か月半にわたる市場大暴落。その後のリバウンドは悪くなく、これでひとまず大丈夫だろう、と思われた6月、まさかの「英国EU離脱」。日経平均株価は2月12日の安値をわずかではあるものの割り込んでいます。この一連の下落は、昨年7月の上海市場急落に端を発しているわけですが、あれから1年数ヶ月、その間の株式市場は「ホントひどかった」というのが実感です。
では、この下げ方は過去の市場下落局面と比べてどのくらいひどいものだったのか。1985年以降の日経平均株価のデータを調べてみました。
図1は、日々の引値の変動率が日経平均株価の1標準偏差(σ)の3倍(3σ)を超えた局面をグラフにしてみたものです。1σ=1.5%として、左目盛りが何σかを示しています。上から垂れ下がっているグラフは、米国S&P500が3σ以上になった局面です(右目盛りが何σかの値。上から垂れ下がる形にしているため、正負を逆にした負数表示になっています)。
正規分布では、3σ以上になる確率はわずか1000分の3程度で、統計学の世界では「滅多に起きない」と解釈して差し支えない現象です。ところが、昨年7月から今年6月までの1年弱の間に、3σどころか、5σレベルの大変動が実に3回。これほどの頻度で「5σ」がやってきたことは過去30年で一度もありません。昨年7月からの下落局面は、それほど過酷な大混乱相場だったのです。
この3回の下落の起点に関しては海外要因(および商品市況)で説明されてきましたが、米国市場は同じ時期にほとんど痛手を負っていません。ということは、この大変動は日本市場独自の要因によるものであると考えられます。
その日本独自の要因とは何か。為替市場の動向も一因かもしれませんが、過去の変動を米国市場の動向と照らし合わせてみると、90年代前半が「米国市場のほとんど変動していないにも関わらず、日本市場が独自で大きく動いている」という状況になっています。
この時期に起きたことを思い起こすと、バブル崩壊後の株式市場を公的資金で支える、いわゆるPKO(Price Keeping Operation)相場がありました。現状はどうかといえば、“アベノミクス”以降、公的な資金(年金、共済)による買いと、日銀によるETF買い入れが行われています。外国人投資家の売買行動から考えると、この3回の下落は、“アベノミクス&日銀”に乗っていた海外資金の退却だったのではないでしょうか。
もっとも、6月24日の“Brexitショック”のあと、日経平均株価は7月8日を二番底として反転。そこに7月の日銀政策決定会合でETF買い入れ枠を6兆円に増額するという施策が出され、下値はガッチリとガードされた格好になっています。上値は伸びませんが、下値も崩れない。日経平均株価、および日経平均株価の動きによって売り買いされる主力銘柄は「7月11日以降は概ね悪くはない」と言ってよいでしょう。
しかし、個別銘柄が総じて7月11日以降は持ち直しているのか、というと、そうでもありません。とくに小型・新興株の動向を個別に見ると、日経平均株価が反転上昇してからも安値更新が止まらない、あるいは,、大幅に株価水準を切り下げたまま全く戻る気配が見えない、という銘柄が、9月に入ってからも少なからず観測されています。上値を切り上げる動きがいまだに確認できない東証マザーズ指数は、その状況を示しているかのようです。
小型・新興株を手掛けている人の中には、昨年8月-9月、今年1月-2月の大急落よりも、Brexit後のほうが厳しいと感じている人も多いかもしれません。というのは、昨年9月、あるいは今年2月に市場暴落が終了した後、いずれも小型・新興株は強いリバウンドを見せています。とくに、今年2月12日に底をつけてからの新興株は非常に強く、日経平均株価が戻し切れていなかった4月に、マザーズ指数は9年ぶりの高値をつけています。2月の急落で悲鳴をあげた人も、そこさえ我慢していれば損益はみるみる改善し、また、新たなポジションを取ってもうまく利益をあげることができたと思います。
ところが、今年7月以降は、そうした強い動きが出ない。とくに気になったのが、2回の暴落局面でも値を保ち、リバウンド局面に入ると早々にもとのトレンドに復帰していた中小型・新興株の“優良銘柄”のトレンド変調です。
この2銘柄はその一例です。いずれもグロース系の日本株ファンドや外国人投資家からの評価が高い銘柄で、厳密に調べたわけではありませんが、猫も杓子も、と表現したくなるほど、多くの日本株ファンドの組み入れ銘柄上位に名が載っていました。今年3月時点の株主構成を見ると、朝日インテック(7747)は「外国人」33.8%、「投信」9.4%。アウトソーシング(2427)は「外国人」30.9%、「投信」が18.9%で、合計49.8%にも達しています。月足チャートに描かれているBrexit前までの見事な上昇トレンドは、こうした投資主体が形成してきたということでしょう。
ところが、Brexitの急落後、日経平均株価が反転上昇した7月以降も下落が止まりません。アウトソーシングは、8月8日が底となっていますが、そこから戻しては押される動きを1か月以上経て、ようやく9月後半から20日移動平均の上に出てきた、という状況。朝日インテックは、8月19日がひとまず底になっているとはいえ、10月に入っても底練りの域を脱していません。
推測するに、この動きは、それまでトレンドを形成してきたファンドや外国人の逆回転が主因ではないでしょうか。いずれの銘柄も、長期的なトレンドが崩れているわけではありませんから、おそらく、評価益状態になっているファンドは少なくないと見られます。しかし、3度の“5σレベル相場”を経て、その他の投資対象の損益がひどい状況になっていれば、評価益状態になっている銘柄を売却して穴埋めする(それによって、ファンドの基準価格を取り繕う)行動は十分あり得ます。日本市場から退却する外国人ならば、利益が残っているうちにジャンジャン売る。そうした売りがまたファンドなり外国人なりの売りを誘発する。となれば、株価は下げ止まりません。
この2銘柄に限らず、昨年8月-9月、そして今年1月-2月の急落局面では、その安値が絶好の買い場となり、そこから高値を更新するという動きになっていた小型・新興株は、Brexitの急落に際しても、そこが「絶好の買い場」に見えたに違いありません。しかし、そこで買い出動したところが過去2回のような展開にはならず、安値を切り下げ続けていく。となると、過去2回の急落局面は乗り切った人も、Brexit後はなかなか傷が癒えない、という状況にもなってしまいます。
こうした厳しい状況は、個人投資家に限ったことではありません。1年弱に3回もの5σレベル相場に直面すれば、外国人も投信も、その他の機関投資家も、投資主体が誰であれ、痛烈なダメージを被ることは避けられません。かくして市場参加者が総じてダメージを受ければ、個別銘柄の値動きが一変したり、市場全体の環境に変化が起きたりします。そうした変化は事前には誰にもわかりませんから、やはり投資主体に関わらず、その後の変化の影響は受けます。これは致し方のないことです。
何より重要なのは、その変化の後の市場の姿を客観的に捉えることだと思います。3回の5σレベルのあと、株式市場はどう変わったのか。そこに最終四半期相場の勝機がありそうです。
軽微では済まされない痛手を負った個人の参加者の多くは、もはや買い意欲が消滅してしまっているでしょう。また、持ち株を売却したくても利益が出る株価水準ははるか彼方、という状況では、売る気持ちにもならない。要は、株なんか見るのも嫌になって市場から去ってしまったと思います。
他方、逃げ足の速い外国人やファンドの資金は、大方が売り切るだけ売り切ってしまった。そうすると、買い物も出ないけれども、売り物も出てこない。その結果、株式市場がどうなったかと言えば、その末路は取引高が漸減するという形で現れています。
図4は東証1部の日々の売買代金をプロットしたグラフです。日々の売買代金にはかなりバラツキがありますが、15年は2兆円から3兆円の間に点が集まっていることがわかります。実際、1日あたりの平均は2兆5454億円です。
対して16年は、点がバラツキながらも右肩下がり。点が集まっているのは3月から7月までは1兆5000億円から2兆5000億円のゾーン。8月以降は1兆5000億円から2兆円のゾーンです。8月から10月17日までの1日あたりの平均売買代金は1兆9646億円と、2兆円にも届いていません。極端な言い方をすれば、いまの市場で日々売り買いをしているのは、高速取引のトレーディング・ハウスと「1日信用」の個人という、超短期スタンスの参加者だけという感じもします。
そんな状況ですから、腰の座った積極的な買いなどは入ってくるはずもない。株価が上がればすぐに売られる。しかし、本気で売却したい参加者は売り切っているので、実弾の売り物もそうは出てこない。また、大きく下がれば日銀のETF買い入れが出てくると予想される中では、焦った投げ売りも出ない。といった具合に、活気のカケラも感じられない相場状況となっているのが現状です。
が、そのお陰で(と言ってよいかどうかはわかりませんが)、需給面において何やら近年目にしたことがないような好環境が生じていたりします。
日経平均採用の225銘柄の日証金残高の推移を見ると、昨年8月からの2回の下落を経て、3回目の下落の前から売り残のほうが多くなっています。売り残が上回る状況は直近まで継続中です。売り残が上回っている状態が3か月以上も続く好需給現象は、そうそう目にすることはありません。
日経平均採用銘柄以外の貸借銘柄にしても、売り長の銘柄がかなり目につきます。察するところ、短期トレーダー的な参加者のポジションは「売り」に傾いているのではないでしょうか。しかしながら、売りポジションを持って大きな下落を待ってはいるけれども、投げ売りが出てこない。しかも、大きめの下げがあれば日銀がやって来る可能性がありますから、値幅を狙うことは難しい。積極的な買いが入ってこない中ではロングも楽ではありませんが、かといって、ショートしてもそう儲かるわけでもない。むしろ、ロングよりもショートのほうがしんどい面があるとも思われます。
もうひとつ、裁定取引に係る現物買いポジション、いわゆる裁定買い残にも好需給現象が起きています。
裁定買い残は、「時価総額の1%レベルになると、株価急落があったときには裁定解消売りで下げを加速させる需給悪化要因」「時価総額の0.2%を切ると、株価の反発を加速させる好需給要因」などと言われます。その推移を見れば、Brexitの週から4桁台。9月の第2週と第3週は時価総額の0.1%をも割り込んでいます。
もっとも、「時価総額の0.2%割れ」が株価の反発を加速させるという見方は、たとえばリーマン・ショックのような暴落時に裁定買い残が急減した際のことで、現状のようにトレンドとして買い残高レベルが下がり続けている状況では必ずしも当てはまらないかもしれません。
ただ、この買い残高の水準の低さもさることながら、9月に入って、裁定売り残高が買い残高を上回っている点は看過できません。通常であれば、裁定売り残高は買い残高よりも1桁は低い水準で、2桁低くなっていることも希ではありません。それが、いまや売り残高のほうが上回っている。これまた、そうそうお目にかかれることではありません。
いったい何故売り残のほうが上回っているのかといえば、おそらく先物が下がっても、個別銘柄がさほど下がらないからです。通常は、先物が個別銘柄より先に上昇して、先物が現物よりも割高になるため、裁定ポジションは「先物売り、現物買い」になります。先物が下がっても個別銘柄が下がらなければ、逆に、現物が割高になりますから、裁定ポジションは「先物買い、現物売り」となるわけです。
これでもし、何らかのきっかけで市場全体が急上昇したらどういうことになるでしょうか。まず、信用売り残の踏み上げ相場になる可能性があります。さらに、水準的には多くはありませんが、裁定売り残高の参加者による「裁定解消買い」が起きます。加えて、先物が上がれば、今度は新規の「先物売り、現物買い」の裁定ポジションも出てくるでしょう。これはかなりの買い圧力になると予想されます。積極的な買いは出てこなくても、「積極的ではない買い」ならばそのポテンシャルは相当に蓄積されているということです。
もちろん、需給面での好環境は、あくまでも先行きのポテンシャルであって、それが「株価上昇を加速させる」という現実の形として現れるには、何らかのきっかけで市場全体が上昇するという初動が必要です。初動がなければ、ポテンシャルはポテンシャルのままでしかなく、現状のような取引低迷の中で「上がれば売られる」という活気のない状態に甘んじ続けるよりほかはありません。
いったい、その“何らかのきっかけ”が果たして起きるのか。そのきっかけとは何なのか、と言えば、残念ながら、それは予言できません。しかし、ひとつ言えるのは、“何らかのきっかけ”がなくとも、日銀によるETF買い取りを背景に「下げても売り物は出てこない。むしろ、下がれば買われる」という状況にあることです。「日銀が買ってくれるから、下がったところを買っておけばいい」などというのは、まさにモラルハザード的な行動と言わざるを得ませんが、これがいまの相場の中では奏功しやすいストラテジーと言えます。
日経平均株価の動きに連れやすい主力銘柄ならば、日経平均株価が下がったところ、たとえば1万6400円処のサポート水準が目安のひとつになります。ショートポジションを持っている参加者も、日銀が出てくるのを警戒して、早々に買い戻す可能性があります。それがまた株価を下支えになります。
最もわかりやすいのは、日経ダブルインバース(1357)など、日経平均株価の2倍逆連動型のETFのショート、売り上がりです。日経平均株価が短期間に大きく下がると、ETF価格は倍速で上がってショートは踏み上げ状態になりますが、そうした事態になれば日銀がやってくる。それを警戒して、日経平均株価を下げようとする動きも勢いづかない。そうすると、あり得る展開は、日経平均株価は弱含みながらもそうは下げずに、上げ下げを繰り返すか、もしくは、反転上昇するかのいずれかです。日経平均株価が反転上昇すれば、このETFの価格は倍速で下がります。そう簡単には反転せず、上げ下げを繰り返す動きになった場合には、ETF価格はジワジワと摩耗します。どちらになっても、このETFのショートは恩恵にさずかれます。まさに、モラルハザード相場にうってつけの売買対象ではないでしょうか。
このモラルハザード売買で重々承知しておきたいことは、繰り返しになりますが、“何らかのきっかけ”がなければ日経平均株価の上値も伸びないだろうということです。よって、何も出てこないならば、個別銘柄の場合は「買って、上がったら早々に手仕舞い」、2倍逆連動型ETFは「売って、下がったら早々に手仕舞い」が基本スタンス。もし万一、“何らかのきっかけ”で取引高の爆増をともなって日経平均株価が急上昇した場合には、もちろんホールド可です(これが最も期待したい極大妙味シナリオではあるのですが)。
主力銘柄ではない、中小型・新興株については、幸い、安値をどんどん切り下げていく「ベアトレンドまっしぐら」の銘柄は大幅に減っています。とはいえ、かつて良好だったトレンドを崩してしまった銘柄は、仮に底は打ったとしても、強い好材料が出てこない限りは、上がれば売られて下値を試す、という動きになりやすいと予想されます。ごくごく常識的な言い方になってしまいますが、買う候補にするならば、やはり足元のトレンドが良好な銘柄です。
長く上昇トレンドを維持している銘柄でなくとも、足元のトレンドが注目できる形になっている銘柄は着実に増えている感はあります。このところ目につくのは、たとえば、13年5月、あるいは14年、15年央に高値をつけ、その後は弱い動きを続けてきたものの、Brexit前後を境に上昇基調に転換している銘柄です。先に見た2銘柄は、「かつて良好だったトレンドがBrexitで完全に崩れてしまった」という例でしたが、その逆パターンになっている銘柄と言ってもよいでしょう。
こうした動きをしている銘柄の中には、これまで売られに売られてきたところで業績が改善し、PERが一桁台という割安水準になっているものもあります。また、株主構成として、特定株比率が高く、「外国人」や「投信」の比率が低い銘柄、加えて、配当や株主優待によって個人株主も安定的なホルダーになっていると目される銘柄などは、まとまった売り物が出てきにくいという需給的な面から注目してもよさそうです。
ただし、昨今の市場で日々売り買いしている中心が先述したような短期スタンスの参加者であると想定するならば、株価が超割安でも、需給良好でも、やはり「上がれ売られやすい」ことは念頭に置いておく必要があります。そうすると、買い出動するならば「下がったところ」。現状のトレンドが継続するならばここで下げ止まるだろうと予測されるサポート水準に照準を合わせておくのが良策になると思います。
手仕舞いについても、欲は出さずに短期の利益確定に徹したいところです。トレンドが良好になる前に2年、3年と下降トレンドを続けてきた銘柄は、その過程でいくつものレジスタンスも複数形成されています。そのレジスタンス水準は売却の目安としてかなり役に立つはずです。
取引高が増える気配はまるで見えず、全く盛り上がらない日々の市場ですが、地合いは決して悪くありません。「上がれば売られる」相場ならば、焦って売買対象を探さなくても待っていれば有利に買えるチャンスが次々やってくる、という考え方もできます。大きな値幅取りは期待薄としても、年末にかけて意外と儲かりやすい楽しい相場になるかも知れません。