新年あけましておめでとうございます。
【目次】後世2024年という1年が語られるとき、「株式市場にとって記念すべき年」と賞されるのかもしれません。何しろ、日経平均株価は80年代バブルの最高値、89年12月につけた3万8915円を超えたどころか「4万円」という大台にまで乗せてしまったのです。
この35年ぶりの最高値更新は、90年の年足大陰線から始まった超長期ベアトレンドが09年3月の最安値を以って終了し、12年までの底練り局面を経て上昇トレンドに転換したことを確定させたという、チャートの解釈上において非常に大きな意味を持ちます。その点でも、2024年が株式市場史に残る重要な年となったことは間違いありません。
ですが、その年が株式市場に参加していた人にとって良い年だったでしょうか。2024年を“株高イヤー”などと称しているメディアもありますが、実感としてそう言えるのは年初から3月までの3ヶ月だけです。
3月1日に89年12月の高値を超え、さらに4万円に乗せたときには、「まさか自分の目の黒いうちに『4万円』を見るとは…」と、正直思いました。3月7日からの強めの下げも数日で止まって上げ再開。3月22日には4万1000円台まで高値を更新します。この段階では「この調子で行くと、この1年はどんなすごいことになるのか」と強気モード満開です。
それが4月に入った途端に一転。日経平均株価は4月19日の安値で下げ止まり、下値を切り上げていますが、他のインデックスはその後も4月19日の安値を下回っています。そんな方向性が定まらない、ともすればもう一段、二段下に行くのではないか、と疑心暗鬼にならざるを得ない状態が6月に入っても続いていましたが、6月25日を境に、市場全体が勢いを取り戻した雰囲気となって上半期終了。7月に入ると、早々に4万円台を回復。3月の高値もブレイクし、11日にはギャップアップで4万2000円を超えるという快進撃!
が、その強い相場は1ヶ月と続かず、翌12日に1000円を超える大下げとなったのを機に、信じがたい相場に一転します。
日経平均株価は連日の陰線とギャップダウンでみるみる水準を落とし、懸念されていた日銀政策決定会合の「0.25%利上げ」が発表された31日には大幅高で3万9000円台を回復して「何とか切り抜けたか」と安堵したのも束の間。翌8月1日から驚愕の爆落。1日は前日比975円安。翌2日は実に前日比2216円安で3万6000円割れ。ダメ押しが5日、何と4451円安。過去最大の下げ幅、下落率12.4%は歴代2位、225先物はサーキットブレイカーが発動すること2回。文字通りの大暴落です。
翌6日に前日比3217円高から激リバが始まりますが、それも9月早々に終了。その後は下げれば戻すものの、4万円水準に来ると売られる。3万8000円割れまで売られる動きが繰り返される保合い状態。その決着がついたのかどうか、定かではないまま24年を終えています。
この4月以降の相場が市場に参加していた人にとっていかに苦難を与えたか。その様子は、先物のノイズに左右されることのないインデックス、東証スタンダード市場指数を見るとよりわかりやすいと思います。
昨年の当欄でもふれていますが、この指数はトレンドが素直な形で現れます。市場全体が堅調な局面では陽線が継続するのですが、4月から週足陰線が目立つようになっています。5月30日の安値から陽線が連続するようになったものの、7月の高値から急転直下。8月の大暴落後は5日の安値からのリバウンドが終わると、上げては下げる。11月から方向性は上向いているとはいえ、陽線と陰線が混在しています。
市場区分が変更され、この指数の算出が始まった22年4月以降の月足を見れば、24年3月まで陰線が連続したことはありません。それが24年7月から4連続陰線。4月以降の相場は、新市場区分開始以来の悪さだったといっても過言ではないのが実情です。
また、日経平均株価は7月に最高値を更新してはいても、個別銘柄の好調なトレンドは3月を以って終了しています。過去1年来高値更新銘柄数の動向にそれが現れています。
日経平均株価の3月高値以後、高値更新銘柄数の水準は明らかに一段低下しています。日経平均株価が最高値を更新した7月段階でもそれは変わっていません。そして8月5日の大暴落の後は、高値更新銘柄数の水準がさらに一段低下。日経平均株価は4万円台に乗せる局面があっても、改善の兆しがまるで見えません。それどころか、年末に近づくにつれて安値更新銘柄数の増勢のほうが目立つようになっています。これが“株高イヤー”の個別銘柄の現実です。
そんな“株高イヤー”を振り返って、個人的に最大の衝撃的な出来事は、「日経平均4万円」や「過去最大の下げ幅の大暴落」よりも、10月に相次いで発覚した金融庁に出向していた裁判官と東京証券取引所職員によるインサイダー取引です。
両者ともに12月23日に金融商品取引法違反で東京地検特捜部が在宅起訴しています。
元裁判官の佐藤壮一郎被告(32)は、金融庁に出向した24年4月から9月にかけての4ヶ月の間に、業務上知ったTOB情報をもとに公表前に株式を買い付けること実に10回。証券取引等監視委員会の報告を見ると、当初は100株、200株の取引で、得た利益も数万円から十数万円でしたが、9月のファースト住建によるKHCのTOBでは2900株・代金合計約202万円で買い付け(推定利益123万8000円)。千葉銀行によるエッジテクノロジーのTOBにおいては5700株・代金合計約324万円で買い付け(推定利益153万9000円)と、取引サイズが拡大しています。
報道によれば、金融庁の聴取で佐藤被告は「違反を認識してやった」としているそうです。だとすると、金融庁に出向した時点ですでにTOB情報をもとにインサイダー取引に意欲満々だった。やってみればいとも簡単に儲かる。これはやらないヤツのほうがバカ、とでも考えていたのではないでしょうか。
一方、東証の事件は、当時「上場部」の適時開示情報関連部署に所属していた元職員の細道慶斗被告(26)がTOBに冠する未公開情報を父親の細道正人被告(58)に伝え、この父親が計3銘柄・1707万円分を買い付け、数百万円の利益を得ていたとされています。
報道によると、この元職員は父親に未公開情報の提供を求められ、断りきれなかった、という趣旨の説明をしています。ということは、この父親は、息子の東証入社を「シメシメ。これで未公開情報が手に入る」と喜んでいたのかもしれません。
この事件を受けて、金融庁も日本取引所グループも再発防止策を公表しています。いずれも「法令順守の徹底」を繰り返しているのですが、両被告とも違法だと知っていながら犯罪に走っています。「法令を守れ」と厳しく何度言ったところで、手を染める人は染めるのではないでしょうか。また、東証の一件のように、家族が影の主犯となるケースも考えられます。それにどう対処するのでしょうか。折りにふれて家族面談などをするのでしょうか
この2つの犯罪は、極めて特殊ケースなのかもしれませんが、もしかすると氷山の一角かもしれません。いずれにしても、資本主義の中核である株式市場で、ともすれば横行する違法行為を監視し、公正性を厳しく確保し続けなければならない組織でこうした犯罪が行われている。それが質しきれないとなれば、真っ当な投資家は去り、真っ当な上場会社は他の市場、たとえば米国に市場替えしないとも限りません。かくして日本市場の行く末は無法地帯の賭博場です。
市場に参加する投資家、上場する会社から見放された市場がどういう姿になるのか。これがそれを暗示しているのではないかと思います。
旧東証マザーズ指数、それを継承したグロース250指数は、18年2月からの下降トレンドが20年3月の“コロナショック”で底を打って大反転。わずか半年少々で18年1月の高値を超えるに至りましたが、20年10月14日にしてその上昇は止まり、21年11月から完全な下降トレンドが開始。22年は市場全体が下向きでしたが、23年初から他のインデックスは上昇トレンドが再開しているのに対して、この指数は下降トレンドが止まりません。24年8月の大暴落ではコロナショックの安値をも粉砕し、500ポイントをしっかりと下回って過去11年来安値です。
この市場を何とかしようと、東証ではグロース市場改革を打ち出し、上場各社に株式価値の向上に向けた施策を促していますが、おそらく効果はありません。というのは、このトレンドはグロース市場の構造的な問題が原因と見られるからです。
上場基準のハードルの低いグロース市場は赤字会社でも上場可能なことから、玉石混交などと言われます。その中で、当初は赤字でも着実に利益をあげて成長する“玉”会社は、かつてであれば2部や1部、現在ならばスタンダード市場やプライム市場にとっとと移ってしまいます。その結果、グロース市場には“石”銘柄ばかりがいつまでも残ります。
実際、現在のグロース上場銘柄を見れば、赤字・無配が全く珍しくない。上場後初めての業績発表で下方修正を出す。上場間もなく粉飾が発覚する。経営者やIR担当者が煽りまがいのコメントをXにポストする。株券印刷を繰り返して株式価値を着々と希薄化させる等々、あたかも個人をカモにして蓄財するために上場している、投資対象に値しない銘柄が否応なくも目立ちます。真っ当な投資か家ならば、そんな銘柄が野放しになっている市場に寄り付かなくなるのも当然です。もちろん、真っ当な上場会社もできるだけ早く市場を替えようとするでしょう。
その市場に残っている会社に「株式の価値を上げろ」などと言ったところで聞く耳を持つわけがありません。この市場に改革することを目指すならば、東証自身が上場維持基準を厳格化し、それを厳格に適用することに尽きると思います。たとえば、上場間もなくの業績発表で下方修正を出した場合には即退場。そうした会社を上場に導いた主幹事証券にも何らかの罰則を与えるのも一策かもしれません。
果たして東証自らが実のあるグロース市場改革ができるのか。市場の公正性確保に全職員をあげて尽力するのであれば、上場維持に対する厳しい姿勢も説得力を持つと思います。すなわち、グロース市場が真っ当になるか否かは東証の姿勢次第です。その意味で、今年のグロース市場の動向、グロース250指数のトレンドの行方には非常に興味があります。
というわけで、昨年を振り返るとどうにも猜疑心が沸いてしまう25年の株式市場ですが、そんな中で注目しているのは、高い専門性と精鋭のデジタル技術を擁して従来型の事業を未来型に変革するようなテクノロジー企業です。
たとえば、非上場会社ですが、MNTSQ(モンテスキュー)株式会社は、煩雑かつ難解でありながらもあらゆる取引に必須である「契約」という法的行為をテクノロジーによって標準化し、誰でも一瞬でフェアな合意ができる契約のインフラをつくることを目的としています。創業・経営者は弁護士ですが、経営陣にはAI系・デジタル系のエンジニアが並ぶ新鋭テクノロジー企業です。事業領域は異なりますが、上場会社ではPK Technology(パークシャーテクノロジー・3993)にも近いイメージを持っています。
昨年は米国のNVIDIAの大躍進が世界中の注目を集め、日本企業はその分野で周回遅れの位置に甘んじているなどと揶揄されることもしばしばあります。しかし、日本の中にも、極めて精緻なコードを書くことができる若いエンジニアがは少数ではないと思っています。彼らは、かつての“ITバブル”の流れに乗った現50代の有名人とは人種が違う印象が強くあります。少々青臭い言い方をすれば、未来は自分たちがつくる、といった意思で、高度な技術を背景に未踏の領域に挑んでいます。個人的にはそうした姿勢に大きな期待を寄せています。
短いようで長い1年の間には、そのほかにも目を引くテーマ・注目領域が浮上してくることもあると思います。そうした新潮流も追いながら、本年もデータを中心に株式市場の情報を提供していきたいと考えています。本年もどうぞよろしくお願いいたします。